☆ 第一章:誕生
「あっ!」その日は突然やってきた。
当時私の両親は、横浜の白楽に住んでいた。
母の直感としてお腹の子どもが女の子であることを確信していた母は
「この子はきっと私が責任をもって世界一のマダムにしてみせるザマス!」
ただそれだけの理由で、身重の体を東京行きの電車にとび乗って日本一の“マダムタウン”広尾にある日赤医療センターまで行き、そこで私を生んだ。
名前は「明日香」。
父曰く新古今集の「飛ぶ鳥の明日香の里をおきていなば君があたりは見えずかもあらむ」からの引用とのことだが、その意味については今現在もさっぱりわからない。
☆ 第二章:音楽との出会い
4歳になったある日、母とスーパーへお買い物に出かける時に通るいつものviolin教室の前でのこと、大声で鼻歌を歌う私の前に突然ショパンの調べに のった音楽の神様が降りてきた。実際には何もいなかったのかもしれないが、 当時の私には確かに見えた。
その神様が何を伝えたかったのか、その時の私にはわからなかったが、幼心に「音楽の素晴らしさ」というメッセージを感じてしまった私は、どうしてもviolinを習いたいと母にダダをこねた。
しかし、その時すでにお嬢様街道を驀進していた私には、その教室のレッスン時間が 遅すぎた。よって、母は「夜更かしはお嬢様にふさわしくないザマス」と判断。
あえなく断念させられる。
しかし、実は「娘に降りてきた神」の存在に気付いていた母は、その後自力で探した「ヤマハ音楽教室」に私を入れ、お嬢様の基本であるピアノを習うことになった。
☆ 第三章:私はお嬢様なんかじゃない
5歳で三浦海岸に引っ越し、小学校4年生まで横須賀のヤマハで、その後は自らのレ ベルアップのため、日吉、藤沢の作曲のクラスにまで通い詰めた。音楽まみれの幼少 時代。中学は「学校の授業でピアノを教えてもらえる」という表向きの理由で周囲を 納得させ、私立・某北××女子学園音楽科を受験、合格した。
しかし、その学校を志望した本当の理由は「天使」になることであった。画面の中で しか見たことがなかったが、長いリボンをクルクル回し、純白のマット上に柔らかな 曲線を描く天使、「新体操選手」に、ピアノ少女・明日香の心は奪われていたのだ。
「授業でピアノ」「部活は新体操」練りに練ったその思惑も、登校初日に「音楽科の 生徒は運動部に入っちゃ駄目」の一言で頓挫。その日からピアノに対する思いが、 徐々に憎しみに変わってくる。周りのピアノ少女が全て「お嬢様」に思え、生まれてからずっと背負い続けた自らの看板であった「お嬢様」にも違和感を感じ始める。
しかし、自分にとっての義務教育である中学、高校を通じてピアノ及びクラシックの音楽教育をたたき込まれた結果、遂に「音楽」は自分の一部となった。
そして夢のレオタードを着ることは遂になかった。
目を閉じて「自分の青春」を思い出しても、出てくるのは鍵盤と五線譜のみ、微塵の甘酸っぱさもない。全てが白と黒で描ける世界。
☆ 第四章:本当の自分との出会い
高校卒業後、自らへの反発から、きっぱりピアノをやめていたのだが、ある夏の暑い夜、いつも通り、お風呂から上がって、(もちろんノンアルコールの)ビールを飲みながら何気なく入れた有線を耳にした時、私の体温は間違いなく5度は上がった。それは決して風呂上りのせいではない。豊かなリズムと甘いメロディー。自分が今まで勉強してきた音楽とは、違う、妖しく、危険な音楽。そう、「本物のジャズ」との 出会いである。白黒の青春時代全てのエネルギーが全てこのスピーカーへ向かった。流れてくるリズムにのせ、鼻歌であわせてみると、不思議な位にしっくりとその風呂上りの体にフィットした。
4歳で出会ったあの時の神様は,流れていたバイオリンにのって降りてきたのではなく、私が歌う“はなうた”にのってきたのだ。その時そう確信した。この瞬間を境に自分をジャズヴォーカリストと名乗ることにする。
私の就職活動はその曲が終わるまでの3分弱で終わった。
☆ 第五章:ジャズシンガー
今度は自ら進んで歌やジャズ理論を学ぶが、もう以前のような消極さは無い。周りは合コンだ、サークルだと青春を謳歌している中、貪欲にジャズと向かい合う日々。
以前の白黒とは違う、真っ黒だが、豊かで深く、甘い世界。
Ella、Sarah、Carmen、Doris Dayなどから始まり、Eddie Jeffersonまで色々聴いた が、当時一番ハマったのはErnestine Anderson.自分を“アスカ・アンダーソン”と名乗ろうか迷うが、さすがにやめる。
都内のピアノバーでアルバイトを兼ねてたまに唄っていたところ、そこで知り合った ピアニストに紹介され‘98年に神村英男(tp)のレコーディングにゲストヴォー カリストとして参加する。
プロ・ジャズシンガー・明日香の誕生である。
その後あちこちの店で歌い始め、世良譲、ジミー竹内、ジョージ川口、ジミー・スミス等数多くのミュージシャンとの共演を果たす。
‘01年3月にはスウィング・ジャーナル誌のNew Faceのコーナーで取り上げられ、 その小悪魔的なルックスで世の男性諸氏を虜にし、同年8月には同誌のチェット・ベイカーの特集記事にFMのパーソナリティとの対談が掲載され、その知識を世間に知らしめた。
そうさ自画自賛さ。それ位言わせろ。
・現在は都内及び近郊のライヴハウスやホテルを中心にバリバリハードに活躍中。
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